猿ヶ京温泉(さるがきょうおんせん)の歴史秘話

温泉の歴史秘話

上杉謙信の吉夢が温泉地名の由来になった山懐の名湯

戦国時代は「宮野」と呼ばれ、三国峠越えの関所を構える交通の要衝だった「猿ヶ京」。越後(今の新潟県)の戦国武将・上杉謙信は、北条征伐のため10回以上にわたり関東へと出陣しているが、この地は関東攻めの足場となる重要な戦略拠点であったに違いない。

天文21年(1552年)、長尾景虎(後の上杉謙信)は、相模(今の神奈川県)の北条氏康の猛攻に屈し敗走してきた上野(今の群馬県)の関東管領・上杉憲政をかくまうことになる。そして永禄4年(1561年)、その憲政の要請を受けて初の関東攻めを行った。北条氏の本拠地・小田原城を10万の大軍で包囲する景虎だったが、防御の堅さに手を焼き攻略は断念。帰還途中に鎌倉の鶴岡八幡宮で関東管領職の就任式を行い、憲政から上杉家の家督も譲り受け、名を上杉政虎と改める(以後、輝虎→謙信と改名)。以降、景虎は関東管領の重責を果たすために、北条氏を敵に回し、頻繁に宮野(後の猿ヶ京)を通過することになった。

宮野と呼ばれていたこの地が「猿ヶ京」の名で呼ばれるようになったのは、この初の関東攻めで行軍していた日のことだと伝えられる。越後から三国峠を越えて、宮野の辺りに陣を張った景虎は、その夜、酒を飲み、温泉に浸かり、気持ちよく眠りについた。すると、「宴の席でごちそうを口に入れたとたん、前歯が一気に8本も抜け、手の中に落ちてしまう」という奇妙な夢を見て目覚める。戦の前に嫌な夢を見たと家来に聞かせると、その家来は「片っ端から関八州(関東地方全域)を手中にするという縁起の良い夢でございます」と夢占いをしてみせたという。その日はちょうど「唐申の年」の「申の月」の「申の日」。謙信の生まれ年も「申年」だったことから、「この地を申ヶ今日と改めるぞ」と上機嫌で関東へ出陣する際の門出を祝ったそうだ。この「申ヶ今日」が転じ、後に文字も変わって「猿ヶ京」と呼ばれるようになったと伝えられている。猿ヶ京に湧出する温泉については「笹の湯」または「湯島温泉」と呼ばれていたものの、昭和33年の相俣ダム建設に伴い現在の場所へ移転。それ以降、地名に合わせて「猿ヶ京温泉」と呼ばれるようになった。

上杉謙信が「猿ヶ京」と名づけたと言われる付近には、他にも謙信伝説が遺されている。谷川連峰三国連山の雄大な景観に囲まれ、美しい赤谷湖を見おろす湖畔には、天文12年(1543年)、桜の杖を逆さにして出陣の幸先を占ったところ、杖が見事に芽吹いたと伝えられる「謙信の逆さ桜」がある。今も群馬県の天然記念物として保存され、毎年春になると満開の桜が咲き誇る桜の名所となっている。現在の猿ヶ京温泉は、謙信が軍馬にまたがり関東に攻めこんでいた時代の風景とは様変わりしてしまった。しかし、戦国最強と呼ばれる上杉軍が駆け巡った地に佇み、生き馬の目を抜く戦国の世に生きながら、“義”の心で東奔西走した謙信に思いを馳せれば、現代の日本では忘れられがちな「義理と人情」の精神を、今一度思い起こさずにはいられない。

【人物紹介】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……・・・
■上杉謙信(うえすぎけんしん)≫[1530年〜1578年]
越後守護代・長尾為景の四男として誕生。義に厚く、甲斐の武田、相模の北条によって国を追われた領主たちの要請を受け、北信濃、関東へたびたび出陣した。天下統一間近の織田軍にも大勝するが、2年後に49歳で急死。自らを毘沙門天の生まれ変わりと信じ、戦場で神懸り的な強さを発揮する姿は、他の大名から「軍神」と恐れられた。

■北条氏康(ほうじょううじやす)≫[1515年〜1571年]
相模の戦国大名・北条氏綱の嫡男にして北条氏3代当主。家督継承直後に“戦国三大奇襲”と名高い河越城夜戦で扇谷上杉氏・山内上杉氏を下し、関東の有力大名の座を確かなものにする。更に隣国の武田、今川と和睦し、“甲駿相の三国同盟”を結ぶなど政治手腕にも優れ、57歳で没するまで上杉、里見、武田と抗争を繰り広げた。

■上杉憲政(うえすぎのりまさ)≫[1523年〜1579年]
室町幕府の関東管領職を歴任した関東の名門・山内上杉氏の当主。河越城夜戦での大敗後、勢力回復を図るものの、北条軍に攻められ越後へ敗走。長尾景虎の庇護を受ける。後に、景虎を養子に迎え、関東管領職及び山内上杉家の家督も譲渡。謙信死後、上杉家に家督争いが勃発し、和睦交渉に向かった陣所で上杉景勝の刺客に討たれる。享年57歳。
猿ヶ京温泉
猿ヶ京温泉の眼前に広がる赤谷湖。湖畔にある「謙信の逆さ桜」は、県の天然記念物だ。
猿ヶ京温泉
江戸と新潟を結ぶ三国街道。道中の猿ヶ京付近も、大勢の旅人で賑わいを見せたという。
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