湯田中温泉(ゆだなかおんせん)の歴史秘話

温泉の歴史秘話

『田中河原の記』に込められた小林一茶の思い

 志賀高原の入り口に広がる信州・湯田中温泉(長野県下高井郡山ノ内町)。落ち着いた感じの和風旅館が多く並ぶ奥ゆかしい温泉街は、松尾芭蕉や与謝蕪村、中でも江戸期を代表する俳人の1人、小林一茶ゆかりの温泉として有名だ。「一茶・井泉水資料館 湯薫亭(とうくんてい)」、一茶の句碑、一茶の木造を安置した薬師庵梅翁寺、弥勒石仏、枝ぶりも見事な「雨含(うがん)の松」からはじまる一茶の散歩道など、一茶がこの町に生きた証が町の随所に点在していることからも覗える。

 一茶が湯田中を最初に訪れたのは、文化10年(1812)10月29日。宿を営みつつも、地元では名の通った俳人であった湯本希杖(きじょう)・其秋(きしゅう)父子が一茶の弟子となって手厚くもてなし、「如意湯」という別館を造って一茶の定宿とさせた。以後、一茶はほとんど毎年のように湯田中を訪れては湯本父子らと句会を催し、文政10年(1827)に65歳で亡くなる晩年まで親しく交際したという。

 中でも、文政5年(1822)11月、還暦の一茶が湯治をした際にしたため、希杖に与えた三段構成の『田中河原の記』は、湯田中温泉の賛歌として知られている。

 《雪ちるやわき捨てある湯のけぶり》
「田中河原といふ所ハ、田のくろ、ある(い)ハ石の陰より、め(で)たき湯の福々と出て、たゞいたづらに流れちりぬ」。
田んぼの畦や石の陰などいたるところに源泉があり、優れた泉質のいで湯があふれるほどに湧き出す様子に、一茶が感嘆して詠んだ一句。この一文が「湯田中」の地名の由来になったと言われており、現在は共同浴場「湯田中 大湯」の前に句碑が建つ。

 《三絃(さみせん)のばちで掃きやる霰(あられ)哉》
「一時に衆苦を忘る。ふしぎの別世界也けり」。
山里にありながら常に三味線の音が聞こえ、老いた心も自然と浮き立ち心に花咲くような気持ちになる。まるで俗世を離れて仙女に歓待されるようだと詠んだ、この2段目の句の句碑は共同浴場「鷹の湯」の前。

 《子ども等が雪喰ひながら湯治哉》
子供を養うには温泉の湧くところに及ぶものはない。湯田中の子らは夜が明けれるとともに兄弟姉妹と次々と連れ立って、雪降る寒い真冬でも温泉に入るので、自ずから病もなく、丸々とたくましく育つ。親が着物を着せようとしても薄着ですんでしまう…。
 梅翁寺の前に句碑が建つ、この三段目の文と句が特に好文とされているが、一茶の人生と重ねてみると実に意味深長だ。一茶は22歳年下の妻・きくとの間に男女5人の子供を授かったが、みな2歳に届かずして夭折。その、悔しさとも悲しみとも何とも言えない気持ちを、この一句に託したのだろうか。

 晩年の15年間、一茶は故郷の北国街道柏原宿(長野県上水内郡信濃町)に戻り、終の棲家とした。相続した田畑の耕作は若い妻と小作人にまかせ、充実をみせる北信濃俳壇を巡回しては俳諧の指導に明け暮れたという。
 しかし、幼くして実母と死に別れ、継母とは折合いが悪く、父の遺産の分割・相続問題で継母と長年争い、病に苦しみ、さらに最晩年は大火のあおりで自宅が焼け、残った土蔵に暮らして臨終を迎えるなど、つくづく一茶の私生活は報われるものがなかった。それが、弱者に目を向けつつも優しさにあふれる彼独特の作風に影響を与えたとも言われている。

 現在、湯田中のいくつかの宿で一茶の遺墨を閲覧することができる。『田中河原の記』の直筆も、温泉街の一角に建つ「一茶・井泉水資料館 湯薫亭」(「井泉水」は、大正〜昭和にかけて一茶を研究、広く顕彰した俳人・荻原井泉水〈おぎわら せいせんすい〉のこと)に所蔵されている。
 一茶が逗留した湯田中の湯に浸かり、界隈を逍遥すれば、現実と厳しく向き合い、屈折した感情をにじませながらも明るさや滑稽を失わなかった彼の心境に近づくことができるかもしれない。(文・/二木三介)

【人物紹介】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……・・・
■≪小林一茶(こばやし いっさ)≫[1763〜1827年]
江戸後期の俳人。信濃国(現長野県)北国街道の宿場町・柏原の生れ。15歳で江戸に奉公に出て、葛飾派の二六庵竹阿らより俳諧を学び、25歳頃から俳壇に登場。夏目成美のもとで俳人としての名を高め、50歳で故郷・柏原に戻る。継母との遺産相続争い、妻や子の夭折など家庭の不幸に苦悩しながらも、日常の生活感情を鄙語・俗語を駆使しつつ平明に、また屈折も交えて表現する独自の作風を示した。句集に『おらが春』『たびしうゐ』など。
湯田中温泉
共同浴場「湯田中 大湯」。一茶が『田中河原の記』でしたためた1段目の句碑が建つ。
湯田中温泉
温泉街裏手にある「一茶の散歩道」の途中に建つ小さなお堂「一茶堂」
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