阿蘇内牧温泉(あそうちのまきおんせん)の歴史秘話

温泉の歴史秘話

小説『二百十日』の題材となった夏目漱石の阿蘇登山

 熊本・阿蘇山の麓に位置する阿蘇内牧温泉。外輪山の裾野に見渡す限り草原が広がる雄大な風景は、昔から多くの人の心を惹き付けて来た。阿蘇の豊かな自然に魅せられてこの地を題材に作品を著した文人も数多く、明治時代の文豪・夏目漱石もその一人だ。

 東京からやってきた二人の青年、世の中の不平等につねづね憤慨している「圭さん」と温厚な人となりの「碌さん」が阿蘇山麓の温泉宿で一泊、翌日に阿蘇登頂に挑む…というあらすじの小説『二百十日』。明治39年(1906)に発表されたこの作品は、対象的なキャラクターが軽妙でリズミカルな会話を繰り返して話が進み、『我輩は猫である』や『坊っちゃん』といった他の初期作品と共通する滑稽味にあふれた短編である。下敷きになっているのは、漱石が英語教師として熊本に赴任していた時代の明治32年(1899)8月29日から9月2日にかけて行った阿蘇山への登山旅行で、作中の圭さんと碌さんが宿泊した温泉も実際に漱石一行が泊まった阿蘇内牧の温泉だと言われている。

 漱石と一緒に阿蘇の旅をしたのは漱石の勤務先・第五高等学校の同僚で、学生時代からの親友でもあった英語教師・山川信次郎。山川は東京にある第一高等学校(二人の母校でもある)に転任が決まっており、送別を兼ねての阿蘇旅行だったという。
 二人は熊本からまず阿蘇南麓の戸下に一泊、次に北麓の内牧温泉の宿「養神亭」に宿泊。現在とは異なり、当時の阿蘇内牧温泉は宿が数軒並ぶだけの鄙びた温泉であった。『二百十日』作中での、宿でビールを所望したら「ビールは御座りませんばってん、恵比寿なら御坐ります」と言われ、半熟のゆで卵を頼んだら固ゆで卵と生卵が2個ずつ出てきた、といった無識な仲居との間の抜けたやりとりはこの時の実体験とされている。
 そんな冗談のような出来事に遭いつつも、漱石は温泉の泉質をよほど気に入ったと見え、《湯槽から詩法を見るや稲の花》と、湯浴みの感慨を詠んだ。湯船に舞う湯の花を同じ季節に咲き始める稲の花に見立て、“美しく詠まれた詩のようだ”とその湯を讃えている。

 翌日、二人は阿蘇神社(阿蘇市一の宮)に参拝した後、いよいよ山頂の火口を見物しようと登山を敢行。時々によって色が変わる阿蘇の噴煙をモチーフに詠んだのが、
《赤き煙 黒き煙の 二柱 真直に立つ 秋の大空》
だが、だんだん雲行きが怪しくなり、激しく叩きつける雨と強風に行く手を阻まれる。道に迷ってススキと萩が生い茂る野原をさまよい、あわや遭難しかけるという非常事態となったが、ほうほうの体で山麓の集落・立野の馬車宿に駆け込んで事なきを得た。その日はちょうど立春から210日目。昔から嵐(台風)が襲来する厄日とされる「二百十日」であった。

 その時の心境を、後に漱石は《灰に濡れて立つや薄(ススキ)と萩の中》《行けど萩行けど薄の原廣し》と句にしたためている。火山灰を含んだ横なぐりの吹き降りの中、出口の見えない野原をさまよう心細さがうかがえる。小説の中の圭さん碌さんは台風一過の翌朝に再び阿蘇登頂を目指すが、漱石と山川は断念。だが、この「二百十日」の一日の体験が小説を産み出したことからも、漱石にとっては忘れ難い出来事だったに違いない。

 温泉地周辺には、小説『二百十日』と漱石にゆかりのあるスポットがいくつも点在し、往時を偲びながら文学散歩を楽しむ事ができる。阿蘇旅行で漱石一行が宿泊した部屋は、「漱石記念館」として公開中。卓袱台や火鉢、床の間がそのまま保存され、小説の中で仲居との会話が繰り広げられた明治時代そのままの雰囲気が今も残る。同じ宿の敷地内には頬杖をついた漱石の銅像と、《行けど萩行けど薄の原廣し》の句碑も建っている。
 漱石が道に迷った阿蘇山中の善五郎谷(今の「坊中キャンプ場」一帯)付近には漱石の句碑や歌碑、『二百十日』の一節を刻んだ文学碑が点在。作中人物になったつもりで歩いてみるのも楽しいだろう。天気がいい日を選んで、彼が果たせなかった阿蘇登頂に挑んでみるのもよい。温泉街には、作中の冒頭に登場する「銀杏の樹がある寺」のモデルとされる明行寺(みょうこうじ)。これらのスポットを辿った上で『二百十日』を再読すれば、作品と漱石により親しみが感じられるはずだ。

 そして、漱石が美しい詩に例えて絶賛した阿蘇内牧の名湯は、今も明治の昔と変わらず大きな懐で旅人を迎え入れてくれる。(文・/二木三介)

【人物紹介】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……・・・

■《夏目漱石(なつめ そうせき)》[1867〜1916年]
小説家。本名夏目金之助、東京都出身。帝国大学文科大学(現・東京大学文学部)卒業後、教師生活を経てイギリスに留学。帰国後の1905年に処女作『吾輩は猫である』で文名を得る。1907年教職を辞し、朝日新聞社に入社。1916年 12月9日、『明暗』連載中に胃潰瘍で永眠、享年50歳。代表作に『坊っちゃん』『草枕』『虞美人草』『こころ』『門』など。

阿蘇内牧温泉
美しい山々と緑の草原が織り成す阿蘇の風景。のどかな雰囲気は昔から変わる事がない。
阿蘇内牧温泉
阿蘇の大自然を舞台に行われるイベント「阿蘇の火まつり」。夜空に映える炎が美しい。
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