湯村温泉(ゆむらおんせん)の歴史秘話

温泉の歴史秘話

人気ドラマ『夢千代日記』で全国に知られた湯の里

 湯村温泉は兵庫県の北部、山陰自動車道(国道9号線)と岸田川街道(県道49号線)が出合うあたりに湧く、山あいののどかないで湯だ。伝承によれば開湯は平安初期の嘉祥元(848)年、慈覚大師円仁により発見されたと伝えられる。以来1,150年以上もの長い間、緑美しい但馬の山あいに湯煙を上らせ続けてきた。

 温泉街をそぞろ歩くと、街の中央を流れる春来川のほとりに、ひときわ白い湯気が立ち込める一角がある。この温泉地のシンボルともなっている源泉「荒湯」だ。その名の通り、沸点近い熱湯が豊富に湧き出す湯井のまわりは、観光客、そしてサツマイモやトウモロコシなどを茹でる人々で賑わっている。「イモやトウモロコシなら40分、栗は硬いから1時間、卵なら10分…」。慣れない湯客に、茹で時間を親切に教えてくれるおばさんの言葉の持つ、やわらかなイントネーションが耳に心地よい。

 この、陽だまりに漂う湯煙のように温かくやわらかい土地の言葉が、かつてテレビを通して全国に流れていたことがあった。脚本家・早坂暁の代表作のひとつであり、また女優・吉永小百合の円熟期の名作としても人気を博したドラマ『夢千代日記』のシリーズだ。

 『夢千代日記』シリーズは、1980年代前半、NHKの「ドラマ人間模様」枠で放映された三部作。最初の『夢千代日記』全5話が昭和56(1981)年2〜3月、続いて『続 夢千代日記』全5話が翌年の1〜2月、そして完結編の『新 夢千代日記』全10話が昭和59(1984)年1〜3月に放映された。吉永演じる主人公の夢千代は、この温泉街の芸妓置屋「はる屋」の女将。母の胎内にいた時に広島で原爆の災禍に遭った彼女は、いわゆる「被爆二世」で、すでに深刻な症状が出ており、医師からは余命2年と宣告されている。三部作すべて夢千代が神戸の病院の帰りに餘部鉄橋を渡るシーンから始まる物語は、もの悲しい山陰の冬景色を背景に、生まれながらに過去の戦争の重い宿業を背負った主人公と、やはりそれぞれの運命に翻弄されながらも寄り添うように生きる周りの人々の姿を詩情豊かに描き出した。日本中が経済的な繁栄を謳歌していた昭和50年代、日頃忘れがちな「人のぬくもり」を思い出させ、「共に生きる」温かさを全国の茶の間に訴えたこのドラマは、観る者に大きな感動を与えた。

 『夢千代日記』が放映されて、それまで静かな山あいの古湯だった湯村温泉は、にわかに脚光を浴びるようになった。おりしも時代は、国鉄の「いい日旅立ち」や「エキゾチック・ジャパン」といったキャンペーンによって空前の国内旅行ブームを迎えており、古い湯の町の情緒を色濃く残す温泉街には、ドラマの余韻を胸に散策する「夢千代ファン」たちの姿が絶え間なく見られた。さらには、それに伴い、文化人、芸能人、報道関係者らも多く訪れるようになった。

 その華やかな名残りは、今でも温泉街のあちこちに見受けられる。春来川沿いの遊歩道には「ふれあい手形散歩道」が設けられ、主演の吉永小百合をはじめ、この地を訪れた数多くの文化人、芸能人の手形がレリーフとして並んでいる。また、『夢千代日記』がテーマの展示館「夢千代館」では、昭和20〜30年代の温泉風景をジオラマで展望できるなど、ドラマの物語世界を体験する事が可能。これらの施設は、今なおドラマの面影を追って訪れる人々を喜ばせ、強い支持を集めている。

 但馬の美しい自然に囲まれた湯村温泉では、春夏秋冬いつ訪れても、折々の美しい景観に出合う事が出来る。だが、ここに『夢千代日記』の面影を追うのであれば、やはり冬に訪れるのが最上だろう。脚本家・早坂暁は、「生きることの寂しさ」と「寄り添うことの温もり」をテーマとして、ドラマ『夢千代日記』を作り上げた。だからこそ、ドラマの背景はいつも冬。うす暗い冬の山陰の空の下、冷えきった湯客の体を温める湯の里のやさしさは、厳しい運命の中で生き、寄り添いあう人々の温かさと絶妙にシンクロしている。

 ドラマの放映から20年以上経った今、「ぬくもり」の大切さがますます求められる時代になった。
 「荒湯」近くに立つ夢千代の像は、今日も湯の街を行きかう人々を、やさしい眼差しで見つめ続けている。

【人物紹介】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……・・・
《早坂暁(はやさか あきら)》[1929年〜]
脚本家、小説家。愛媛県松山市生まれ。本名は富田祥資(とみた よしすけ)。日本大学芸術学部演劇科卒業後、雑誌記者・編集長を経て昭和36(1961)年、日本テレビ『ガラスの部屋』で脚本家デビュー。以後、数々の映画やドラマの脚本を手がけ、小説やドキュメンタリーも執筆。代表作に映画『青春の門』『空海』『天国の駅』、ドラマ『七人の刑事』『夢千代日記』『花へんろ』など。

《吉永小百合(よしなが さゆり)》[1945年〜]
女優。東京都出身。本名は岡田小百合。1957年1月、ラジオ東京の連続放送劇「赤胴鈴之助」でデビュー。1960年4月に日活と専属契約を結び、以降『キューポラのある街』『おはん』『愛と死をみつめて』『青春の門』など、数多くの作品に出演。1981年のNHKテレビドラマ『夢千代日記』では、原爆症に苦しむ主人公を情感豊かに演じ、女優としての高い評価を得た。
湯村温泉
温泉街の中心にある源泉「荒湯」。立ち上る湯煙が温泉情緒を一層高めている。
湯村温泉
荒湯近くに建つ「夢千代像」。『夢千代日記』で主人公を演じた吉永小百合がモデル。
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