湯の川温泉(ゆのかわおんせん)の歴史秘話

温泉の歴史秘話

榎本武揚の“予言”から掘り当てられた湯の川温泉の新源泉

 明治元年(1868)10月20日、旧幕府海軍副総裁・榎本武揚ひきいる旧幕臣および佐幕派兵士たち約3,000人が蝦夷地(現北海道)に上陸。明治新政府軍を次々と撃破し、10月26日には箱館(現函館)を制圧。新政府の箱館府(かつての幕府・箱館奉行所)がある五稜郭に無血入城する。
 当時の日本は、大政奉還から王政復古、戊辰戦争、さらに江戸無血開城へと続く幕府瓦解と明治維新の動乱の真っ只中。榎本たちは勝海舟ら幕府首脳が進める明治新政府への恭順路線に納得いかず、新政府への軍艦引渡し命令を無視。「開陽」「蟠竜」「回天」ら8隻の幕府艦隊を擁して停泊していた品川沖を脱出し、途中で佐幕派の兵士たちと合流して北を目指したのである。

 榎本たちの目的は、明治政府との敵対や分離独立ではなく、生活の困窮が予想される徳川恩顧の旧幕臣たちの救済だった。彼らを移住させ、徳川家のしかるべき人をリーダーとして、蝦夷地開拓と北方警備にあたらせたい――。明治天皇宛の嘆願書をすでに3度も提出していたが、その度に明治新政府は握りつぶし、さらには政治・外交工作によって欧米各国の大使たちに榎本たちが“朝敵”であると認めさせてしまう。
 ここにいたって榎本たちは、自分たちの要求が通るまでは徹底抗戦も辞さないことを覚悟する。“蝦夷地の自治政権”としての体裁を整えるべく、日本で始めての選挙をおこない榎本を総裁に選出。蝦夷政権の本陣がある五稜郭を守るため、周辺各地に四稜郭や千代ヶ岡陣屋などの台場(砲台)を築いて、新政府軍の侵攻にそなえた。

 こうして始まった「箱館戦争」は、旧幕府軍と明治新政府軍の最後の戦いだった。旧幕府軍も奮戦したが、頼みとした軍艦が早々と座礁沈没し、新政府軍の圧倒的な兵力と何よりも時代の趨勢には逆らえず、明治2年5月、降伏。旧幕府軍と新政府軍の戦いにも終止符が打たれた。

 五稜郭の東に位置する湯の川温泉にも台場が築かれ、温泉街のやや北には野戦病院も設けられた。津軽海峡に面したこの温泉地は防衛の要として重要視され、かつて松前藩の世子の重病を快癒させた名湯が傷病兵の治療に使われた。

 この箱館戦争の間に、榎本も湯の川温泉を訪れている。そして、「この温泉を百尺(約30メートル)ほど掘り下げたら必ず熱い湯が多量に出るだろう」と語ったという。この話は、その後も地元の人々の間に流布して生き続けた。榎本はオランダ留学で政治学や国際法だけでなく、化学や物理学などの自然科学も修めた当代一流の知識人としても知られていたため、単なる直感による発言とは思われなかったのである。また、当時の源泉は温度が低く、新しい源泉を待望する人々の気持ちもあった。

 それならば俺が掘削してみよう……。榎本の話を聞いて名乗り出たのが、石川藤助という井戸掘り職人だった。明治18年(1885)春、新源泉の掘削を開始。試行錯誤の末、翌19年6月、湯倉神社のあたりで摂氏約51.7度の熱い温泉を掘り当てた。藤助は同年暮れに「一山十」という浴場を開き、これが評判となって温泉街も活気を取り戻す。わずかの間に新しい旅館や料理屋が続けて開業。明治31年(1898)には市街地と温泉街をむすぶ馬車鉄道が開通、大正2年(1913)には路面電車に変わり湯の川温泉はいっそう身近になる。

 幕末の開港から発展した異国情緒漂う街並み、修道院や洋風建築、赤レンガの倉庫、榎本武揚や土方歳三が拠った五稜郭と戦いの跡、夜景の美しさに定評がある函館山、役割を終え静かに余生を送る青函連絡船「摩周丸」、少し足を伸ばせば大沼国定公園の景勝……。観光都市「函館」の奥座敷として、または散策の拠点として親しまれる湯の川温泉は、年間約200万人が訪れる温泉地に成長した。
 榎本武揚が発したという“予言”めいた一言に始まる湯の川の隆盛。彼の功績を記念して、温泉街の北隣、箱館戦争の際に野戦病院がおかれた一帯は、現在「榎本町」という住所になっている。(文/二木三介)

【人物紹介】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……・・・

■《榎本武揚(えのもと たけあき)》[1836〜1908年]
幕末から明治に活躍した軍人・政治家。江戸御徒町生まれ。幕府の昌平坂学問所で学んだ後、オランダに留学。帰国後、幕府の海軍副総裁となる。明治維新に際して抗戦派の幕臣とともに軍艦で江戸を脱出。蝦夷地・箱館の五稜郭にこもって明治新政府に抵抗する(箱館戦争)が最後は降伏。国際法をはじめ西洋の学問に通じていたため罪一等を免れ、明治の政界でも外交特使や閣僚を歴任するなど、旧幕臣としては異例の栄達を遂げた。
湯の川温泉
榎本武揚、土方歳三ら旧幕府軍の拠点となった五稜郭。現在は公園として整備されている
湯の川温泉
大型ホテルが建ち並び、年間約200万人が訪れる函館の拠点に成長した湯の川温泉街
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