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苗場三国峠温泉の歴史秘話
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三国峠の宿場町「浅貝宿」に今も建つ『本陣』
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上州(群馬県)と越後(新潟県)とを結ぶ三国街道の国境にある三国峠。上州から峠を越えて越後に入り、しばらく進むと『御宿 本陣』という温泉宿に辿り着く。現代的な行楽地として名を馳せる苗場。一帯は、かつて「浅貝宿」という宿場町を形成しており、その本陣を務めていたのが、この『御宿 本陣』だ。 古墳時代には、すでに人や物の往来があったという三国街道は、険しい山道から交通の難所として知られていた。平安初期の征夷大将軍・坂上田村麻呂が遠征した際には、この峠で上・信(信濃=長野県)・越三国にゆかりある赤城・諏訪・弥彦の神を祀り、「三阪(みさか)神社」として加護を祈ったとの伝説が残っている。 また、重要な幹線にして拠点でもあった街道と三国峠に、越後を治めた名将・上杉謙信も目を付ける。後の「浅貝宿」あたりに砦や関所を築いて峠を押さえ、「越山」と称して生涯10数回にわたった関東遠征の便宜とした。 江戸時代に入り、豊富な金鉱脈がある佐渡島を徳川幕府が直轄地にすると、江戸と佐渡との最短経路にあたる三国街道はますます重要視されるようになる。幕府の監督の下、峠越えの難所には大土木工事が施され、あわせて宿場も設けられた。その越後に入って最初の宿場町が、「浅貝宿」だ。 さらに寛永12年(1635)、江戸と領地とを大名が1年おきに往復する参勤制度の制度が義務化されると、本陣も設けられた。本陣とは、庶民が泊まる旅籠や木賃宿とは異なり、大名や幕府役人の一行だけが泊まることを許された宿舎のこと。その大役を担うことになったのが、慶長15年(1610)創業、庄屋や問屋場(人馬・駕籠などを用意した場所)を務めていた綿貫家だった。 江戸時代の越後は小規模の藩が分立しており、多くの大名家が江戸に出府するために三国街道を通った。険しい峠を越える前に英気を養う宿として、また峠を越えて一息入れる場として、浅貝宿の本陣は重要な役割を果たす。長岡藩牧野家(10万石)、村松藩堀家(3万石)、与板藩井伊家(2万石)などの大名家が定宿とし、正徳2年(1712)からは幕府の佐渡奉行もこれに加わったという。 こうした大名や奉行を出迎える綿貫家は、主人に苗字帯刀が許され、建物には門や玄関、床を一段高くした「上段の間」(大名が泊まる部屋)が造られるなど、特権と高い格式を誇った。藩主や奉行が宿泊する時には、主人が紋付羽織袴で出迎え、大人数の一行をもてなすため近くの宿場から人手や馬を借りるなど、大変な賑わいを見せたという。 現在、本陣は温泉宿『御宿 本陣』に姿を変え、当主は初代より数えて18代目の綿貫家が今も変わらず務めている。かつての宿場町の本陣がそのまま営業を続けている旅館は全国的にも珍しく、和風の外観はリゾートホテルが多い苗場にあって独特の趣を放つ。 正面玄関には昔の門構えを移築。1階ロビー正面には長岡藩・村松藩の藩主が宿泊した際の歓迎看板が掲げられ、かつての由緒と誇りを感じさせる。館内には「本陣歴史資料館」も併設され、選りすぐりの材料を使って再現された「上段の間」、昔の殿様たちが使った硯や着物、江戸から明治・大正・昭和戦前期の民具などを展示。希望すれば詳しい由来を説明してもらえ、350年の歴史をもつ宿場と本陣の歴史を学ぶことができる。 宿の外を歩けば、路傍には石仏が今も旅人を見守り続ける。現在、ウィンタースポーツで有名なリゾート地として大きくイメージを変えた「苗場」。しかし、もともとは多くの人々の人生が行き交った街道と峠の宿場町、歴史と伝統が折り重なった「浅貝宿」であったことを思い起こさせるのである。(文・/二木三介) |
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江戸時代の御大名様も愛したいで湯
江戸時代の参勤交代の時代から、宿場町として栄えた温泉地。群馬県から三国街道をのぼり三国峠を越えると「浅貝宿」と呼ばれる温泉街が広がり、きつい峠越えで疲れた旅人の心と身体を癒したとされる。今日では苗場スキー場や浅貝ゲレンデなどの人気スキー場を擁し、誰もが知る巨大スノーリゾートとして発展を遂げた。夏には野外ロックイベント「フジロックフェスティバル」が開催され、全国から多くの音楽ファンが集まる事でも有名。大型リゾートホテルをはじめ、リゾートマンション、旅館、ペンション、ロッジ、民宿など多種多様な宿泊施設が揃い、日帰り温泉として利用できる宿も増えつつある。冬のスキー、スノーボード、春の山桜、水芭蕉、夏の避暑、秋の紅葉と四季を問わず楽しめる、充実の滞在を約束してくれる温泉地だ。
●住所:南魚沼郡湯沢町三国 ●立ち寄り共同浴場数:1件