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【連載】街道を歩いて旅をする 「第1回 始まりは東海道、京都まで」

【連載】街道を歩いて旅をする 「第1回 始まりは東海道、京都まで」

この道を歩いていったら、どこまで続いているんだろう。
1日中歩いたら、どこまで行けるんだろう。
そんな疑問を感じたら、「街道歩き」の旅に出てみてはいかがでしょうか。

始まりは、「丸1日まっすぐに歩いたら、どこまで行けるんだろう」という疑問でした。

もともと散歩が好きで、よく歩いていました。電車だったら駅から駅まで「点」と「点」の移動になるところ、歩いて移動するとその間が「線」で繋がります。別々に訪れていた場所が意外と近かったり、その間に知らない街を見つけたり、新しい発見が楽しくて。

そんな風に歩いていたある日、ふと思ったのです。1日たくさん歩いたけれど、この距離をまっすぐに歩いたらどこまで行けるんだろう。かなり遠くまで行けるんじゃないの?

だったらひとつ、1日ひたすら歩いてみようじゃない!

閃いたのは、「東海道五十三次」という言葉。出身が東海道の宿場のある「吉原」(静岡県富士市)ということもあり、東海道は馴染みのある道でした。けれど東京から実家のある静岡まで、そして終点だと言う京都まで、本当に、一本の道で繋がっているのでしょうか?

よぅし、歩いてみるか!

と、まずやってきたのは日本橋。2004年の年末のこと。
日本橋

すべての道は、日本橋に通じる

東京都中央区、最寄りの駅で言えば東京メトロ東西線や銀座線の日本橋駅。ここは江戸時代からの日本の中心。

江戸時代、天下人となった徳川家康は、まずこの日本橋を基点に江戸と諸国を繋ぐ道を整備しました。それが、東海道・中山道・日光街道・甲州街道・奥州街道の五街道。現在でも橋の中心に「道路元標」が設置され、各地に通じる主要国道がこの場所から始まることを示しています。

ちなみに橋の中心は車通りが激しくて見るのが困難ですが、橋のたもとにレプリカが用意されています。こちらをしげしげと眺めてから、長い長い街道歩きの旅に出発!
道路元標

江戸時代からの日本の大動脈、東海道五十三次

前述の五街道のうち、現在栄えある国道1号線となって、もっとも開発されメジャーになっているのが「東海道」。東京と京都を結ぶ、約500kmの道筋です。

開発が進んだため、やや風情には欠けますが、そのぶん交通や宿泊、食事処に不自由しません。「街道歩き」入門編としては、とても安心感のある道です。

軽い気持ちで歩きだした私。1日歩いたらどこまで行ける?というテーマは持ちつつ、けれど本当に長い距離を1日中歩く自信はありませんでした。だから、ぷらりと街を歩く格好で、荷物も小さなバッグひとつ。疲れたらそこで帰ってくればいいや、と。

そう、軽い散歩のつもりだったのです。日本橋に立ったその時までは。

歩きだして、気づきました。
東海道、道そのものが面白い!

自動車が普及した現在、東海道は国道の広い大通りになっていますが、その脇を縫うようにして江戸時代のままの道幅の旧道が残されているのです。

最初は品川。日本橋を出てしばらくは、国道15号線の味気ない大通りを歩くのですが、品川駅を過ぎると国道と分かれて細い商店街に入ります。ここは江戸時代、東海道五十三次最初の宿場「品川宿」があった場所。区や商店会の観光事業により整備され、宿場関連の案内板も置かれています。これは楽しい!
品川の商店街

また、古くから人の往来のあった街道には、歴史がぎっしり詰まっています。事件のあった場所の記念碑、歴史上の人物の銅像。お寺や神社、それだけでなく路傍のお地蔵さまのような石造物が多いのも、昔から有名無名のたくさんの人が通った主要な道であることを示しています。
品川のお寺・神社

もしかして、ものすごい感動が待っているんじゃ?

浮かれ気分で歩くものの、歩き続ければ足が痛くなってきます。その上、大通りとして整備された東海道は、時折テンションの上がる旧道や石造物が出てくる以外はさして変化もない一本道。

けれどなんとなく、もう少し歩いてみようか?

疲れたらやめようという当初の計画はどこへやら。足が止まらず、これがウォーカーズ・ハイってやつ?なんて思いながら進むこと、日本橋を出発して約7時間。歩いた距離は20km近く。多摩川を渡って東京都を脱出。神奈川県に入ります。西日の差す中、多摩川を渡りながら、ちょっとした感動を覚えていました。

電車でしか来たことのなかった場所に、歩いてやってきた。

……もしかして。これ、本当に京都まで行けちゃうんじゃない? そうして自分の足で本当に京都まで歩いたら、ものすごい感動があるんじゃない??次の休みに、この場所からまた歩きはじめてみようかな。
神奈川との県境

気軽な散歩気分で始めた東海道歩きですが、歩けば歩くほどにはまっていきました。歩いて行くなど考えてもみなかった場所へ、自分の足で行くということ。その道のりにあるすべての街を通り、すべてのモノを見るということ。100年以上も前の旅人と、同じ道を歩いているということ。

歩く先々で別の街道の分かれ道を見つけては「こっちにも行ってみたい!」「あの道も歩きたい!」となっていき、東海道だけでない、「街道歩き」の魅力に引き込まれていました。

そうして2010年のお正月、街道歩きの大先輩である「東海道中膝栗毛」の弥次さん喜多さんの像に出迎えられて京都三条大橋にゴール!
「東海道中膝栗毛」の弥次さん喜多さんの像

遠くなると続きを歩くのもちょっとした旅行になってきて、ほかの街道にも足を踏み入れつつ5年がかりでの踏破。

けれどこれで終わりではありません。街道は、全国津々浦々まで無数に張りめぐらされているのですから。この感動をまた味わいたくて、気づけば再び、次は北を目指して日本橋に立っているのでした。

街道歩き仲間が集う「散歩かふぇ」を開業。

散歩かふぇ

歩いた日記をインターネットに公開していたところ、意外といるいる、同じようなことをしている皆さん。
そこで「同じ話題を共有したり、情報交換したりできる仲間が集まれたら」と考えて、現在、歩く人の集まる「散歩かふぇ」を経営しております。
散歩かふぇの店内集まってきます。新幹線で2時間半の道のりを、20~30日かけて歩く人たちが。日々、街道歩きや散歩のおしゃべりをしながら楽しく営業しています。
店内の書籍私自身が歩いた街道や、「散歩かふぇ」のお客さまからうかがった街道など、お勧めの道をこれから紹介していきたいと思います。

●文中で触れられている東海道の終点・京都市内の宿はこちらから
(2018年2月18日公開)